マヴィ代表・田村安オフィシャルブログ

Organic Wine Specialist

世界一のオーガニック先進国 オーストリア

Vie Vinum 2010会場は宮殿! 2010年5月29日撮影

ウィーンで開催されたワイン展示会Vie Vinum 2010に行ってきました。

オーガニック先進国

オーストリアはオーガニック農地率が20%に達する、世界一オーガニック農業が盛んな国です。

国土が狭く、2/3以上が山岳地帯、国民所得が高く、ちょうど日本とよく似た条件なのに、日本のオーガニック率0.18%に較べて、なんと100倍以上も進んでいます。

とは言っても、オーガニックの歴史は浅く、80年代まではフランスなどに較べて後発でしたが、90年代以降急速に普及し、2000年代後半からはさらに急成長を遂げて世界一になってしまいました。

数字ではわかっていても現地を見なければ理解できませんので、このチャンスに立体的な取材をと思い、ワイン展示会に加えて、オーストリア政府のオーガニック担当官のトーマス・レッヒ氏、オーストリアオーガニック協会理事のヴェルナー・ミヒリッツ氏、オーガニックワイン生産農家訪問などを詰め込みました。

なぜオーガニックが普及したのか?

かつての超大国ハプスブルグ王朝の伝統を誇り、長らく永世中立国であったオーストリアがEUに加盟したのは1995年、農業や伝統産業は一気に国際化の波にさらされることとなり、オーストリア政府は自国の産業、経済を守るためにウルトラC級の対策を迫られることになってしまいました。

それがオーガニックという考え方の普及だったのです。政府は農薬や化学肥料は土壌と水を汚染する危険な化学物質であることをはっきりと伝え、「オーストリアの土や水や景観や自然環境を守るにはどうしたらいいだろうかを、国民みんなで考えよう!」という動きを創り出しました。

そして農業を守ることはオーストリアの自然を守ることだと、都会の人たちもわかるように持っていきました。それまで農林省は化学肥料や農薬を使って安く大量に生産することを推進してきたので、180度の方向転換でした。

農林環境水資源省担当官 トーマス・レッヒ氏にインタビュー

オーガニック農業担当官トーマス・レッヒ氏の所属は農林環境水資源省。これだけで日本に較べてオーストリアのスタンスがはっきりわかり、環境保護、水資源保全と農業林業が同列という意識が明確です。

山国のオーストリアは農業条件が悪い

オーストリアは山国で、農地の2/3は中山間の傾斜地にあり、寒冷で雨が多く、生産性が低いため農業だけで生計を立てることが困難です。2/3は兼業農家、1戸あたり平均農地面積は17~20haですが、これはドナウ川流域のウィーン地方平野部の小麦畑地帯だけが広く、中山間地ではかなり狭くなります。

1980年代まではオーガニック農家はほとんど「ヒッピーか宗教家」という状況でしたが、90年代に入り一変、急成長しました。

オーガニックが急成長した理由

  1. 1995年よりEUに加盟し、国際市場に晒されることになって、その対策として政府がオーガニック農業を国内農業の保護の手段として選択したこと。
  2. 有力スーパーマーケットチェーンのBILLAが1994年より「Ja! Naturlich」(そう、もちろん自然だ!)と名付けたラインアップを開始して、現在600品目のオーガニック商材をリストしたこと。
  3. スイスの大学が中産間地のオーガニック農業を研究してきて、その成果を導入して独自の農業技術研究を行い、政府の農業アドバイザーにオーガニック農業技術を学ばせ、これを農家に指導させたこと。
  4. オーガニック団体(BIO AUSTRIA協会)が会員よりの会費と政府補助金30%で、オーガニック技術情報やマーケットにつながる情報を公開して、これを農業アドバイザーが広めて、一般農家にオーガニックに関する認識が広がり、偏見を払拭して、消費者の高価でも買うというニーズと、化学肥料や農薬の購入費が不要なので、機械を導入しても長期的にはメリットがあること。また農薬の健康被害から逃れられることを伝えて、農家にオーガニックをやりたい、昔のように蝶や鳥がいる自然の中で暮らしたい、という気持ちを持たせのることに成功したこと。
  5. EUの地方発展政策予算をフルに活用して環境農業振興を行なったこと。
    EUでは50%の予算補助を行なうが、50%は地元が負担しなければならないため、貧困な国では地元の支出が集まらず活用しにくいが、裕福なオーストリアでは地元負担が容易なために、EU全体で2%の面積しかない農地に対して、全体予算の9%を得ている。これには前EU農業委員だったフィシェレル氏の影響もあり、政治と官僚が効率的に取組んだ成果といえる。現在はEUが拡大して、旧東側加盟国には75%までEUが負担するという制度もあるが、25%さえ支出できない国がほとんどであり、積極的には活用されていない。
  6. オーストリア政府が掲げる地方発展政策は次の5項目
    1)伝統的非集約農業
    2)自然保護
    3)景観保全
    4)土壌と水の保護
    5)オーガニック農業

こうして2010年には転換中を含めて、農家軒数で16%、面積で20%がオーガニック化されることになり、この数字はEUでは一番です。

オーガニック農家への補助

環境対策する農家の収入を補うために、環境農業直接支払いは6億ユーロで、その内1.5億ユーロがオーガニックに当てられていて、牧草地で250euro/ha、畑で280euro/haとなっています。そしてオーガニックワイン農家は700euro/haの助成を受けています。

オーガニック農家は同じ規模で比較すると、1軒あたりの収入は慣行農家よりも多くなりますが、労働力を外部より雇用せざるを得ないため、一人あたり収入は低めとなっています。

政府はオーガニックの成長はこのあたりまでで、今後はこの20%という水準を維持するものと見ているとのこと。

出遅れたオーガニックワインの急成長

目覚ましいオーガニック農業の成長にもかかわらず、オーガニックワインは出遅れていました。これはワイン流通業界のオーガニックワインに対する冷淡な態度が原因でしたが、2005年以降に事情が一変しましました。

2010年現在、オーストリアのオーガニックワイン生産者は5%ですが、オーガニックぶどう畑の面積は直近10年間で3000ha以上増加していて、6倍近い急成長を遂げています。

オーストリア オーガニック協会 理事ヴェルナー・ミヒリッツ氏にインタヴュー

ミヒリッツ氏の農場はウィーン南駅より急行列車で1時間20分ほどのパムハーゲンにあります。ここはハンガリーとの国境の町で、彼の農場は国境を越えてハンガリー側にもあります。かつては共産圏だったハンガリーも、今ではEUに入っているので、国境とは名ばかり、無人の検問所跡が残ってはいるものの、まあ県境みたいなものです。

ハンガリー国境
ハンガリーとの国境

BIO Austriaとは

オーストリアには約2万軒のオーガニック農家があり、オーガニック転換中を含めて20%の農地がオーガニック化されています。そのうち1万4千軒がBIO Austriaに加盟しています。

たくさんのオーガニック農家がひとつの団体に集まることで、政府に対しても提言ができ、助成金も一本化して有効に使えるのだそうです。実際BIO Austriaの年間活動予算のうち30%以上が助成金ですし、政府委託事業を含めて60%以上が政府のお金ですからロビー活動にも力を入れています。

また、スーパーなど流通との取り組みの窓口が一本化されることにより、オーガニック市場での生産者の力を強めると共に、流通側からも一緒の取り組みがやり易くなって、オーガニックの発展に役立っています。

オーガニック化には農家のモチベーションが大事

しかし、これだけたくさんの農家がオーガニック化したのはなぜでしょう。ミヒリッツ氏は、農家にオーガニックを強制するのではなく、オーガニックをやりたいという気持ちを持ってもらうことが大切だと言います。

蝶が飛びバッタが跳ね、様々な花が咲き乱れるのが本来の畑の姿。この自然がたっぷりの中で働くことが、化学肥料と農薬で作られた不自然な環境の中で働くよりもずっと健康だし、気持ちいいということを農家に知らせることが大事なのです。

オーガニック農業は公共事業

オーストリア政府が国家政策としてRDP(地方発展政策)を推し進める中、BIO Austria は農家とのインターフェースとしての役割を担ってきたのです。

オーガニック農業は同じ規模の一般農家に比べて収入はいくらか多くなりますが、労働力を多く必要とするので、一人当たり収入は若干少ないのが実情です。これを補うのが助成金で、つまり公共事業なのです。都会の税金を地方に投入する。これをいかにスマートに行なうか。BIO Austria の活動はそこに焦点が合っているように思えます。

若い世代が牽引するオーストリアのオーガニックワイン

ミヒリッツ氏は2003年にオーガニック転換した、30歳代の若いオーガニックワイン生産者です。この若さがオーストリアの事情を象徴しています。

ミヒリッツ氏と奥様

90年代、オーストリアのオーガニック農業は飛躍的に拡大しました。オーガニック農産物や製品の市場は隣国ドイツです。しかし当時オーストリアワインは国外市場ではほとんど受け入れられていなかったのです。

偽装ワイン事件で海外市場喪失

理由は1985年の偽装ワイン事件。オーストリアのメーカーがジエチレングリコールをワインに混入させることで、糖度を高めて安物ワインを高級ワインとして売ったのです。オーストリアワインはボイコットされ、国際市場から完全に姿を消しました。そのため90年代でもオーストリアのワインには売り先がありませんでした。

事件から立ち直るために、オーストリア政府はヨーロッパで最も厳しいワイン法を制定して、どこの国でも当たり前の香料添加を禁止しました。旧世代の生産者たちは発言力を失い、息子たちは外国に留学して最新のテクノロジーを学びました。そして政府の指導が効果を発揮してステンレスタンクなどの最新醸造設備が次々に導入されたのです。

オーストリアワインはオーガニックとハイテクで復活

オーストリアワインは2003年から2005年ころにかけて一変します。

父親世代が90年代にしっかりとオーガニックで土作りしたブドウ畑からは、品質の高いオーガニックブドウが獲れる様になっており、そこに最新の設備と息子世代が持ち込んだ醸造技術が合わさり、キレのいいワインが次々と生まれだしました。オーストリアワインのくすんだイメージは急速に払拭されつつあります。

元々ハプスブルグ王朝の都ウィーンは美食の街。舌の肥えた宮廷貴族たちによって磨かれたオーストリアワインは極めて上質なものでした。ところが化学農業と化学醸造で大衆化や偽装が起きて品質も下がり、信用を失ってしまったのです。

そのオーストリア帝国のワインを蘇らせたコンセプトが「オーガニック+ハイテク」なのです。

ワイン見本市Vie Vinum 2010訪問

Vie Vinum 2010は一般のワイン展示会で、オーガニックワインに特化しているわけではなく、事前に問合わせてもオーガニックワイン生産者は数軒のリストをもらえただけだったので、実はあまり期待していませんでした。

ところが、会場で出展者ガイドを手に入れ、1軒1軒の記載情報を読み込んでみたところ、オーガニックとかビオディナミックとかの記述が結構あります。そこで片っ端からマーカーで印を付けて、生産者スタンドを訪ねて飲んでみることにしました。

片っ端からオーガニックワインを試飲

その結果の印象は、下記の通り。

  1. 全般にキレがいいワインが多くレベルが高い。
  2. 価格は全体的にまあまあで、ドイツよりもコストパーフォマンスがよい。
  3. ビオディナミックと名乗っているところには来客が多く、ブームの感がある。価格がかなり高めだが、味に深みを感じずバランスを欠いているものも多く、興味あるワインはあまりなかった。
  4. 90年代後半か2000年以降にオーガニック転換した生産者が多く、特にビオディナミックは2005年以降に流行となったようだ。
  5. 転換中の生産者が多い。
  6. 外国で勉強や修業した経験を持つ若い生産者が結構いる。親と一緒に来ていても、親はドイツ語のみ、若者は英語が通じやすい。
  7. 小規模生産者が多いが、貴族所有の大シャトーさえもオーガニックを始めている。

印象に残るオーガニック生産者

1日中試飲して、話しを聞きまわり、興味深いオーガニック生産者2人に出会いました。

ディヴァルドさん

まずディヴァルドさん。オーガニック転換は1980年と、まだオーストリアではほとんど誰も見向きもしなかった時代からの筋金入り。

流行のビオディナミーと違ってあまり訪問者がおらず、お父さんが暇そうにしていました。

実は2002年にここのワインを飲んだことがあり、ダレた印象だったので、どうせ昔ながらのもっさりとしたワインだろうと、全く期待せずに試したところビックリ!すごいキレてる。

そこでじっくりとお父さんに話をきいてみると、2008年から当時21歳だった息子のマーチンさんに醸造を任すようになり、酒質が一変したとのこと。

マヴィのほとんどの生産者たちと同様に30年間もオーガニックをやっていると、土の生態系は完全。昨日今日転換したばかりの農家と較べれば月とスッポンほどの違いがあります。

自然がもたらす力を全て受けたぶどうは力がみなぎっています。昔からのオーガニック生産者なので価格感もよく、さっそく翌日家を訪問することにしました。

マントラーさん

オーガニックワイン生産者マントラーさん

 

もう一人はマントラーさん。こちらは2003年からオーガニック転換を始めて認証を取得したばかりの若葉マーク。とはいえ当主のヨセフさんは50代のベテランで、大学で農業科学を学んだ後、外国で研修を積んでいます。

彼のワインはもちろん微生物汚染が全くないキレのよさなのですが、それだけではなく、オーストリア帝国の伝統に即した深いコクやまろやかさを併せ持つ真のGrand Vin(銘醸ワイン)です。いかにも剪定を徹底して収穫量を落とし凝縮させた素晴らしい味わい。

価格はかなり高めでしたが、極めて興味深い作品です。

マントラー家は16世紀から続く歴史あるワイン生産者で、またヨセフさんの奥さんは、オーストリアのビオディナミックを代表するニコライホフのサース女史と姉妹とのこと。

それなのになぜビオディナミックをやらないのかと聞くと、「オーガニックは理解できるが、ビオディナミックの唱える理屈がさっぱり理解できない。私は自分でわからないことをやるつもりはない」と、きっぱり流行に乗ることを否定してくれました。

オーガニック転換の理由を聞くと、2002年の嵐と大水害で、工場的な化学農業は終焉に向かうと考え、変化する時に来たと感じたからだそうです。

信念と温かさを併せ持つ、現実的でロマンチストでもある、とても魅力的な人物です。

大きな収穫はブレない生産者2軒

流行や市場に流されている生産者ではなく、ブレない生産者たち。マヴィの求める基準はこれです。

大きな収穫のあった展示会Vie Vinum 2010でした。

田村安

マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne