マヴィ代表・田村安オフィシャルブログ

Organic Wine Specialist

オーガニックワイン旅行記

久々のヨーロッパ(3)ドメーヌ ド ブロー訪問

タリ家継承者レヴォル氏に会わねば

マヴィ創業以来の生産者だったドメーヌ ド ブローのガブリエル タリさんが2020年に引退し、ファビアン レヴォル氏がドメインを購入して引き継いだ。タリさんはマヴィにとって最大の取引先だったから大きな穴があく。

同じ畑、設備を使っても同じワインができるわけではない。一番大切なのは造る人。どんなフィロソフィーを持って、何を目指してワインを造るか、また完全な製造管理を行える気力、能力はあるのかを確かめないことには取引は始められない。

本来ならばすぐに訪問してレヴォルさんに会わなければならなかった。しかしコロナのため渡仏できず、仕方なくタリさんの残したワインのみを買わせてもらっていた。が、その在庫もついに底を尽いた。

ようやく果たせたレヴォル氏訪問

ボアソーさんから訪問のアポイントメントを入れてもらったら、昼食を一緒にとのことだったのだが、あえて午後の訪問にさせてもらった。今回の僕は少々ナーバスになっていた。レヴォルさんと取引をしても大丈夫か、タリさんのワイン造りを継承しているのかどうか、しっかりと見極めなければならないので、とても食事を一緒にという気分にはなれなかった。

タリさん同様、レヴォルさんも代々の農家ではない。お父さんは大規模な飲食業の経営者、彼自身はキリスト教の神学研究者で著作もある。フィロソフィーの塊みたいな人だから、そうやすやすと他人の作品を継承するとは思えない。

実際に会ったレヴォルさんの印象は、3年前にzoomで話した時とちょっと違った。というか彼自身が変わったようだ。

ビオディナミを目指す

まずはぶどう畑を案内してもらう。

レヴォルさんはタリさんの畑作りに納得できなかった。タリさんは畑の土をトラクターで耕していた。しかしレヴォルさんは自然農法を目指している。この方が土の水分を保てるため有利だからだ。

ただ一気に変えることはせず、今年は耕す列と放置の列を交互にして様子を見ているという。この方法はマヴィの生産者の畑でもよく見かけるが、彼は最終的には全部の列を雑草で覆うつもりだ。

アルザスのメイエーさんやビオディナミの生産者は皆そうしているので、もしかしたらビオディナミにしたいのかと問うてみたところ、「ウィ」の返事だった。

なぜブロウを購入したか?

なぜドメイン ド ブロウを買ったのか、ストレートに質問してみたら、明確な答えが返ってきた。

  • 自分でワインを造りたかった。
  • 同様の規模の農場に較べて、価格が安かった。
  • 自分が造りたいワインに必要な、多くの品種が植えられている。
  • 多くの国にインポーターがいて販売先開拓をしなくて済む。

ただ、コロナ禍やウクライナ戦争の影響で、彼の思惑通りにはいかなかったようだ。そもそもマヴィを始め各国のインポーターもレヴォル氏を品定めしなければ取引は始められない。

そこでフランス国内の販路開拓を一生懸命しなくてはならなくなった。またガラス瓶やラベルなど全ての資材が入手困難になり、コストも上昇。消費者物価で年率20%を超えるインフレで計算は狂った。

この苦労が彼を変えたのは間違いない。3年前にzoom面談で会った夢想する起業家は、ストイックで自分の理想へと一歩一歩進めていくワイン生産者になっていた。

Lodge Louise |アグロツーリズム

ぶどう畑には奇妙な黒い箱のような建物ができていた。

コンテナハウスの内部

電動シャッターが付いていて、開けてもらったら中にはコンパクトな滞在スペースが設えてある。コンパクトなシャワールームとキッチン。ぶどう畑を見晴らせるリビングは、天井に張り付いたベッドを電動で降ろせば寝室になる。エアコンも付いている。どうもキャンピングカーみたいだと思ったが、実はコンテナーハウスだという。

「Lodge Louise」と命名し、ここを自然を感じたい都会人に紹介したところ、結構お客さんがやって来るようになったらしい。農薬や化学肥料は一切使っていないオーガニックだから可能な、一面のぶどう畑の中でのミニマムライフ。

おそらく都会人のレヴォルさん自身が欲した空間なのだろう。

オーク樽を使わない

タリさんのワイン醸造スタイルは一切継承していない。

タリさんの特徴だったオーク樽熟成をレヴォルさんはやめた。彼は樽の香りがワインを支配することが許せないという。唯一AOCカバルデスのみ樽を使わねばならないということで、古樽に入れる。僕も、タリさんはアメリカ市場重視で、樽香が強過ぎるように感じていたので、これは同意。

フランス市場は以前よりも軽いワインを好むようになってきている。重い伝統的なフランス料理は若者には受けない。ワインも重い樽熟成ではなく、より軽やかになっていくのは当然だろう。

低温醸造で雑味を排す

軽やかなワインは雑味を嫌う。微生物汚染による臭みや味の濁りを防ぐため醸造管理は低温が基本だ。

元々シャンパーニュやアルザス、ブルゴーニュなど北の生産地では、醸造時期の気温が低いため雑味の少ないワインが造られてきた。一方南仏やスペイン、イタリアではまだ気温が高い時期に醸造することになり、キレのある味を追求しにくかったのだが、冷却設備を導入することで、差が少なくなってきていた。

近年、細かく醸造温度をコントロールする設備、技術がさらに進化しているため、醸造段階に応じて最適な温度が保てるようになったことで、南のワインの弱点は完全に克服され、強い陽光と高い気温がもたらす果実味という利点が一層活かせるようになった。

二酸化硫黄無添加、酵母無添加醸造の実験

自然を求めてワイン造りの世界に飛び込んだレヴォルさんは、二酸化硫黄(SO2)無添加、酵母無添加醸造を目指すが、いわゆる【自然派ワイン】の臭さやダレはとても許せない。

そして醸造所の衛生管理と醸造温度管理の徹底した先に、レヴォルさんの無添加醸造が見えてきた。

2021年4月に発生した大規模な遅霜で、畑のぶどうは6割を超える被害を受けた。残ったぶどうは「強い抵抗力を身に着けた」と考えたレヴォルさんは、【BRAU EXPERIMENTAL】と名付けた無添加ワインの実験を始めた。

醸造専門家と徹底的に話し合い、収穫後のぶどうを醸造する全工程での最適温度となるようにそれぞれ細かく調整、毎日欠かさず品質分析を行い、狙った通りの状態を実現できているかを確認したという。

実験の結果は驚くべきもので、きれいに澄んだ味わいと香りで、保存性にも問題ない”無添加ワイン”が出来上がった。

試飲の結果はどのワインも合格以上

レヴォルさんのワインを全種試飲したが、どのワインも果実味が豊かなのにキレがいいという共通した特徴があり、美味しい。

樽熟成を避けていることで、ぶどうの味わいがストレートに表現されていて、邪魔な曇りはない。どのワインにも隠さなければいけないような欠点はまったく感じない。

各品種毎に通常のものと、酵母不使用で二酸化硫黄無添加のものを比較して飲み比べてみたところ、いずれも美味しいのだが、趣はかなり違う。

無添加ワインのメリット

いわゆるワインらしいのは、自家培養酵母と二酸化硫黄を添加したワイン。品種の特徴がよく表れていて、期待通りの味わいで美味しい。

一方、無添加ワインは品種ごとの特徴ははっきりしているのだが、尖がったところがなく、酵母添加がないことでアルコール度がやや低く、飲み口や後口が滑らかでよりスムーズに飲める。うーん、美味しい!

ボアソーさんによると、フランスでは若者のアルコール離れが進んできており、アルコール感を感じにくいワインが好まれる傾向にあるという。

気候温暖化が進み、特に南仏ではぶどうの糖度が高まり、結果的にアルコール度数が上がってしまうことを考えると、醸造時に市販酵母はもちろん、自家栽培酵母さえも添加しないという選択は理にかなっている。

邪魔するものを感じないので、合わせられる料理の幅がより広がるだろう。この無添加のピノノワールでマグロのたたきが美味しく食べられそうだ。

マヴィの新しい生産者

レヴォルさんとタリさんのワイン造りにおけるフィロソフィーはまるで違う。同じドメーヌがここまで変わるのかというのも驚きだが、別の方向は向いていても素晴らしいワインに生まれ変わったのは嬉しい。

訪問前の不安は、大きな期待に変わった。その場で取引開始を決め、初回は少量だが夏ころに入荷できる見込みだ。

田村安

マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne